皆さんは“炎症性腸疾患(IBD)”という言葉をご存知でしょうか?どこかでお聞きになったこともあるかと思いますが、炎症性腸疾患は慢性的に消化管、特に腸管に炎症を起こす病気の総称になります。大きくは潰瘍性大腸炎とクローン病の2つを指すことが一般的です。今回は潰瘍性大腸炎とクローン病についてお話します。

⽬次
1.近年のIBD患者数
2−1.IBDという病気の特徴
2−2.潰瘍性⼤腸炎
2−3.クローン病
3.医師からのメッセージ

 近年のIBDの患者数

近年、潰瘍性大腸炎もクローン病も図に示しますように患者さんの数が急速に増えてきています。現在の潰瘍性大腸炎の患者数は約22万人、クローン病の患者数は約7-8万人に達しており、潰瘍性大腸炎の患者数はアメリカに次いで世界第2位となっています。この様に本邦においてIBDは稀な病気ではなくなってきています。

 IBDという病気の特徴

この病気の特徴について御伝えします。潰瘍性大腸炎もクローン病も病気の発症する原因は不明です。食事やストレス、抗生物質の使用、遺伝的要因など様々な要因が絡みあう事で発症するのだろうと考えられています。原因は不明ですが、消化管の中で免疫が過剰に働き過ぎていることは分かっています。そのため、潰瘍性大腸炎もクローン病も338ある指定難病に指定されています。病気が発症すると消化管に炎症(私はよく腸管の火傷と患者さんに伝えています)を起こすことで下痢や血便、腹痛の症状が出てきます。また、10代~40代と若い方に発症し易い病気であることもこの病気の大きな特徴であり、就学や就労、妊娠、子育てなど人生において重要な時期に発症することで病気と向き合う事が大変になります。
IBDは一度発症すると現在の医療では根治することが難しい病気になります。しかしながら後に述べますように根治は難しい状況でも病気をコントロールすることで日常生活を問題なく送って頂くことが可能となってきました。安倍首相、ケネディ大統領、アイゼンハワー大統領と多くの著名人もIBDと向き合いながら素晴らしいお仕事をされてきました。

潰瘍性大腸炎

潰瘍性大腸炎は前述のように原因がはっきりとしておらず、大腸において免疫が働き過ぎて炎症を起こす病気です。免疫が過剰に働き過ぎることで大腸の粘膜がただれてしまい、下痢や血便、腹痛の症状が出てきます。症状が強くなると便意が強くなりトイレに行く回数が増えてしまい日常生活に影響をおよぼすようになります。下痢や血便など症状のある時期を活動期、症状のない時期を寛解期と呼びます。現在、潰瘍性大腸炎を治療する薬剤、治療方法が多く開発され使用できます。それらの薬剤、治療法によって根治はできませんが、症状を取り除いて寛解状態に導き長期に症状のない状態を継続できることが可能となっています。治療に難渋することもありますが、潰瘍性大腸炎に対しては新薬が次々と出ています。昨年も3種類の新しい薬剤が使用できるようになり、今年も1つ新薬が使用できる予定です。ただし、これらの新しい薬剤を含めた多くの治療薬をどの様に使用していくかは患者さんの状態によって異なってきますので、患者さんの状態をしっかりと把握しながら治療を行っていく必要があります。
潰瘍性大腸炎治療の基本薬は内服薬のメサラジン製剤になります。この薬剤だけで十分に病気をコントロールできる患者さんが多くおられますが、調子が良くなったからと途中で中止したり、減量したりすると再燃してしまいますので中止や減量を希望される際には主治医の先生に必ずご相談されてください。
使用している薬剤が効果を示しているのかなど潰瘍性大腸炎の状態をきちんと把握することもより良い病気のコントロールにおいて必要です。状態の把握として必要な検査は採血、内視鏡検査、便の検査になります。

特に内視鏡検査は客観的に大腸の中を観察することで大腸全体を把握することができます。粘膜の状態が正常に近い状態(粘膜治癒と言います)ですと、治療が効果を示しており炎症がしっかりと抑制できていると言えます。治療において粘膜治癒を達成することはその後の再燃を長期に抑えられますので粘膜治癒を目指すことは必要です。また、潰瘍性大腸炎の患者さんでは発症から10年程度経過すると大腸癌のリスクが増えてきます。大腸癌の早期発見においても内視鏡検査は必要な検査になりますので、定期的な内視鏡検査を受けて頂き、大腸の状態を把握してもらって下さい。
最後に潰瘍性大腸炎患者さん方の食事の内容についてですが、寛解状態であれば基本的には制限をかけずに食べてもらっても大丈夫ですが、症状のある際には刺激のある食事や炭酸飲料、飲酒などは可能な限り避けて頂く必要があります。また生ものの摂取も避けて頂く方が良いかと考えます。

クローン病

クローン病も原因が不明の腸管に慢性的に炎症をきたす病気です。10代~20代で発症する患者さんが多く、日本では男性の患者さんが女性よりも約2倍多いと言われています。潰瘍性大腸炎とは異なり、口腔内から肛門まで消化管のどこにでも炎症がおきる病気になります。クローン病を発症しますと口内炎が多発する、下痢、腹痛の症状や肛門周囲が痛くなるなどの症状が出てきます。特に日本人のクローン病患者さんでは痔瘻、肛門周囲膿瘍など肛門病変を有する患者さんが多いのが特徴の一つです。肛門病変を発症すると痛みや不快感によって日常生活が送りにくくなるため、切開排膿など外科的処置が必要となります。
また、クローン病の特徴の一つとして消化管障害があります。クローン病を発症した際には腸管粘膜のびらん(ただれ)や潰瘍が起こりますが、炎症が継続すると腸管が狭くなる狭窄や、腸管と腸管、腸管と他の臓器がくっつき交通する内瘻がおきます。その様な状況になると腹痛、下痢症状が酷くなり、腸管切除(手術)が必要となることもあります。手術についてはクローン病患者さんの20%程度の患者さんが発症5年から10年で手術に至ると言われています。さらに手術に至った後も再手術が必要な患者さんが10年で約40%におよびますので手術に至らない様にする、つまり腸管を炎症から守っていくことが大切です。

ではどの様にして腸管を炎症から守っていけばよいのでしょうか?クローン病の治療はこれまで食事療法が中心でした。脂質を抑えた食事を中心とし、必要があれば入院して絶食での点滴治療を行っていました。しかしながら、2002年に抗TNFα抗体製剤(インフリキシマブ)が使用できるようになり、それまでのクローン病治療は180度変わりました。食事療法は大事ですが、インフリキシマブが使えるようになったことで、患者さん方は食事制限をある程度緩和しながら日常生活を送ることができるようになりました。パラダイムシフトを起こした薬剤と言われています。現在、インフリキシマブに続く抗体製剤(バイオ医薬品)が開発され今年も新しい薬剤が一つ使用できるようになり、今後も新しい薬剤が出てきます。
この様に治療選択肢が増えたことで病気をコントロールできるようになってきました。しかしながら、それらの薬剤も万能ではありません。治療効果が落ちてきたり、副作用によって中止を余儀なくされることもあります。特に治療効果が落ちてきているかについては症状だけで把握するのではなく、採血や内視鏡検査を含めた画像検査が必要です。定期的に検査を受けて頂き、腸管の炎症が落ち着いているかを把握してください。腸管の炎症が強い時には治療の変更や強化など治療の見直しをする必要があります。潰瘍性大腸炎のお話の際にも述べましたように症状のない寛解状態、そして粘膜治癒を達成することは長期にわたって良い状態を継続することができますのでクローン病でもできる限り粘膜治癒を目指して治療を行いましょう。

医師からのメッセージ

ここまで潰瘍性大腸炎、クローン病について簡単に述べてきました。
潰瘍性大腸炎もクローン病もとても大変な病気です。けれどもこの病気に罹った多くの患者さんがご自身の夢を叶えながら日常生活を歩んでいます。
今年の春も病気と向き合いながら大学受験を乗り越えた患者さん、看護師になった患者さんと次の人生のステージに進んでいきました。これらの患者さんも病気がとても悪い時期があり学校に行けない時期もありました。けれども自身の夢を諦めずに頑張って夢を叶える患者さんからはいつも勇気を頂き、患者さんからは病気との付き合い方など多くのことを教えて頂いています。私達は患者さんと共に病気と向き合いながら、病気にかかる前よりも良い状態で日常生活を送って頂けるように努めていきたいと考えています。
5月19日はIBDを理解する日になります。是非、一度IBDについて皆さんで考えてみてください。

戸畑共立病院
医師 酒見 亮介